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外国人による日本語スピーチコンテストでモンゴルからの留学生が入賞しました。

9月27日、ボランティアグループむつみ会(長岡市)による「第26回外国人による日本語スピーチコンテスト」が長岡商工会議所で開催されました。長岡大学からは4人の留学生が出場し、2名が入賞しました。モンゴルからの留学生、トゥブシントゥグス・サロールトグゥスさんとヒシグトグトフ・エンフジンさんです。また、1位になった学生も長岡大学で学び、長岡技術科学大学の大学院に進学した中国からの留学生です。
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第2位 「夢とはなんでしょうか」
経済経営学科1年
トゥブシントゥグス・サロールトゥグス(写真左)

第6位 「人生大学」
経済経営学科1年
ヒシグトグトフ・エンフジン(写真右)

 

 

「夢とはなんでしょうか」

IMG_5318left経済経営学科1年
トゥブシントゥグス・サロールトゥグス

私はモンゴル人です。自分の夢の実現のために掲げた目標の最初のステップに立っているモンゴルの少女です。モンゴルは発展途上の小さな国であり、世界の多くの人たちが行ってみたいと思うような先進国ではありません。でも、モンゴルには美しい草原があり、チンギスハーンやお相撲さんなど、モンゴルについて少しでも知っている人は多いと思います。しかし、私は今日、母国の話をするつもりはありません。私がお話ししたいのは、夢とは何でしょうか?どうすれば夢を叶えることができるのだろう?それについてお話したいと思います。

私は子供の時から歌手になりたいと思っていました。歌手になって、私の好きな母親と父親が客席で見守る中を赤いドレスを着て歌い、ホールいっぱいの観客が立ち上がって大きな拍手をしてくれる、そんな素敵な歌手になろうと思っていました。しかし、私は今、歌手になってはいません。でも、この歌手になるという最初の夢を忘れた訳ではありません。何事も‘最初’ということは誰にとっても素晴らしく、忘れることのできるものではありません。私の初夢は次ら次へ沢山の夢を呼びました。
全ての人は夢を持っています。自分の夢は一体何なのだろうか?多くの人はこの質問を自分自身に投げかけたことがあると思います。なぜかというと、人生はその人の夢に従って行動しています。

私は、人間はその人が抱いている夢が終わる時にその人の人生も終わるものだと思います。皆さんどう考えていますか?私も自分の人生を終わらせないために夢を持っています。私の夢はお金持ちになることでも、ハリウッドの輝くスターになることでもありません。私は大学を卒業したら帰国し、日本という素敵な国で学んだ知識を活かしてモンゴルの発展のために働き、モンゴルを世界最大級の経済先進国にすることが私の夢なのです。これは一方で私の責任でもあります。この夢を将来叶えることができるかどうかは分かりませんが、大きな夢を持つということは、簡単に叶えることのできる小さな夢よりも大きな価値があるでしょう。しかし、今これについて話せば大きな話題になるだろう。何年後に振り替えてみれば小さな夢だったなと思うかもしれない。

人生というものは困難があるからこそ面白くなるものだと考えます。皆さんミカンを食べるのが好きでしょう。しかし、そういう人も普通は皮を食べることはありません。皮をむいてから食べます。みかんの皮は苦くて酸っぱいですが、その皮の内側にはジューシーな甘い果実が含まれています。このように人生における成功、幸福も困難という皮で隠されています。残念ながら、それを知っている人はあまり多くないでしょう。夢を頭だけで見ている人は困難に出会うと夢を夢のままとして諦めてしまいます。諦める道は何万もありますが、夢を叶える道はただ一つ。諦めないで頑張るということです。だから、人は人生においていつも大きな夢を持ち、その実現のために諦めないで頑張るということが大切なのです。もちろん失敗してもいいです。でも失敗は成功と繋がります。そうすることでいつか良い結果を得ることができると確信しています。頑張って叶えることのできた大きな夢は高い山の上にあるフラグです。頭の中だけにあって困難に出会うと消えてしまう夢はバブルと同じであり、本当に空しいことと考えます。

「人生大学」

IMG_5318right経済経営学科1年
ヒシグトグトフ・エンフジン

皆さん、こんにちは。私の名前はエンフジンと申します。私は長岡大学の1年生でモンゴルから来た留学生です。私は今日、日本に来てから感じた様々なことについてお話しようと思います。私は、2005年に旅行で初めて日本に来ました。14日間の滞在でしたが、私はその時、将来ぜひこの素敵な国へ留学するのだと心に決めて帰国しました。そのためにモンゴルへ帰ってからは高校の時に日本語を勉強し、今年4月に長岡大学に入学することが出来ました。長岡は丁度春で、美しい桜が咲いて私を優しく歓迎してくれました。私は日本に留学するという夢が叶い、本当に嬉しく思っていましたが、気持ちがちょっと落ち着いてからモンゴルでの自分の子供の頃の生活を思い出してみました。両親に毎日車で学校まで送ってもらったり、貰ったお小遣いで好きなものを買ったり、友達と一緒に遊んだり、他に心配することもなく、勉強だけ中心に過ごして来ました。

しかし、長岡ではこれまでとはまったく違う生活が私を待っていました。すなわち、私は日本でもモンゴルにいた時と同じように勉強さえ頑張れば良いと軽く思っていましたが、実際はそうではありませんでした。私は日本語で勉強することの難しさだけではなく、学校まで自転車で通うこと、アパートの家賃を期限前に払うことなど、自分で責任を持って1人で暮らして行くことの難しさにもであったのです。日本での生活に少し慣れて来たら私はここに学問という勉強だけではなく、この人生という大きな大学にも勉強しに来たのだと強く感じました。

生活費の足しにするために始めたコンビニのアルバイトは最初分からないことがたくさんありました。時々全てを諦めて国へ帰りたい気持ちが湧いてきて落ち込んだりもしましたが、ある日コンビニに来店されたお客さんが「ありがとう」と言いながら暖かな笑顔を私に見せて下さった時、私は何ともいえない幸せを感じたのです。その時から私は小さい物事からも幸せを感じることができるのだということが分かり、それまで嫌になっていた1人暮らしも、仕事にも好きになりました。苦しいことも楽しいこともたくさんあるという人生を富士山に登ることと例えれば、私たちのような若者はまだ登り始めたばかりなのだと思います。頂上に着くまでは色々なことが起こると思いますが、挫けずに頑張って生きて行く事が一番大切なことだと思っています。

私はこれまで日本の人々、特に長岡市民の皆さんから学んだことがたくさんあります。例えば時間をきちんと守ること、勤勉に仕事をすること、何事にも責任を持つことや人を大事にすることなど、多くのことを学びました。そして、今も毎日、新しいことを学び続けています。将来、祖国の発展に貢献できる優秀な人材になるために、家族から離れて留学している私の選んだ道はこれなのだ。だから、決して怠けてはいけない、諦めてはいけないと考えています。長岡大学でのこれからの4年間、学問という勉強だけではなく、人生という勉強についても一生懸命頑張って学んで行こうと思っています。ご清聴ありがとうございました。